朱蒙伝説(高句麗)
概要
■高句麗の始祖神話・建国神話
朝鮮半島北部の古代国家である高句麗の建国神話▲の一環で、王朝の始祖と伝えられる朱蒙の出生に至るまでの過程、及び出生後の活動を物語る始祖神話▲。山上降臨型▲や卵生型▲、日光感精型▲等の要素が含まれている。
分布
朝鮮半島特有の神話形式がいくつも見られるほか、記紀神話や印欧神話等との比較も行われている。
類例(朱蒙伝説)
■高句麗の神話(抜粋・概略) - 『旧三国志』
天帝はその太子解慕漱(かいぼそう、天王郎)を地上に降臨させた。そして河伯(かはく)つまり河の神の長女柳花が熊心淵(ゆうしんえん)で遊んでいたところ、解慕漱(かいぼそう)がトリックにかけて捕らえてしまった。河伯はこの無礼を責め、もしも天王郎が本当に天帝の子ならば、何か神異なことがあるはずだと言った。そこで天王郎は天帝の子であることを証明するために、河伯と変身試合を行なった。つまり、河伯が庭前の水中において鯉に変身すると、天王郎は獺(かわうそ)に変身してこれを捕らえる。今度は河伯が鹿となって走ると、天王郎は豺(さい)に変身して追いかける。河伯が雉(きじ)に変身すると、天王郎は鷹(たか)になってこれを撃った。
そこで河伯は天王郎が天帝の子であることを確信し、天王郎と河伯の女は結婚式を挙げた。しかし、河伯は天王郎が妻を天に連れて行かないのではないかと心配し、宴会を開いて天王郎にさかんに酒を飲ませて酔わせてしまった。そして花嫁花婿ともに小さな革の輿(こし)に入れて、竜車にのせて天に昇らせようとした。ところが、その車がまだ水界から出ないうちに、天王郎は酔いからさめ、女の黄金の釵(かんざし)をとって革輿を刺して穴をあけ、そこから一人だけ抜け出て天にのぼった。
あとに残された柳花は、後に天王郎の変身と見られる日光に感精して朱蒙(しゅもう)を生み、これが高句麗(こうくり)王朝の祖となった。
引用元:『神話の系譜』大林太良著(P111-112)
関連形式:日光感精型▲、変身闘争譚(誓約説話の形式▲)
■朱蒙伝説(1) - 天王郎と柳花
――高句麗(こうくり)の始祖・東明王朱蒙(しゅもう)の母は、神話によれば、青河(せいが)の河の神の娘の柳花(りゅうか)で、彼女はつぎのようにして、天より降下してきた天帝の太子と結婚したといわれる。
天帝の太子解慕漱(かいぼそう)は、父の命により扶余(ふよ、松花江流域)王のの旧都に降ることになり、自分は五竜車(ごりゅうしゃ)に乗り、百余人の従者を伴って熊心(ゆうしん)山上に降下した。彼は頭に鳥の羽の冠を戴き、腰には竜光の剣を帯び、毎朝、天から降りてきて政事を聴いては、夕方にまた天上に帰っていった。これが世にいう「天王郎(てんのうろう)」である。
そのころ、城の北を流れる青河の河の神に三人の娘があったが、天王郎はある日、容姿艶麗なこの姉妹たちが、青河から出て、熊川淵のほとりで遊びたわむれているのをみて、左右の者に、「彼女らを妃として子を得たいものだ」といった。しかし河の神の娘たちは、天王郎の姿を見ると、あわててまた水中に姿を消してしまった。天王郎が落胆していると、左右の者が彼に、
「大王様、どうして宮殿を造り、あの女たちが中に入ったところで、戸を閉めておしまいにならないのですか」
と進言した。天王郎はうなずいて、さっそく手に持っていた鞭で地面に画くと、たちまち銅室ができ、壮麗な宮殿が空中にそそり立った。天王郎はこの部屋の内に席を設け、樽酒を置いて、河の神の娘たちを招待して宴を張り、彼女たちが酔ったところを見すまして、突然出口を遮り捕らえようとした。娘たちは驚いて逃げ去ったが、長女の柳花だけは逃げきれず、天王郎に掴まってしまった。
河底に逃げ帰ってきた二人の娘たちからこのできごとを聞いた河の神は、たいそう怒ってすぐに天王郎のもとに使者を送り、「あなたはいったい何者ですか。なぜわたしの娘を引き止めて返さぬのですか」と抗議させた。天王郎はこれに対して、「自分は天帝の子であり、この乙女と結婚したいのです」と返答すると、河の神はまた使者を介して、「あなたが本当に天帝の子ならば、なぜわたしに娘との結婚を正式に申しこまず、いきなり娘を捕らえるような失礼なふるまいをされたのですか」と非難させた。天王郎は自分の行ないを深く恥じ、結婚の申しこみをするため、河の神のところに行こうと決心した。
彼は、天から五竜車を呼びおろし、柳花とともにこれに乗って風雲を起こしながら河の神の宮殿に到着した。河の神は天王郎をていねいに内に招き入れ、座に着かせると、彼に「天帝の子であるといわれるあなたは、それを証明するような神異(しんい)を示すことができますか」と尋ねた。そして天王郎が、「どうぞ存分にお試し下さい」というと、河の神はたちまち一尾の鯉(こい)と化して、池の波間を泳いでみせた。すると天王郎はすかさず、獺(かわうそ)に変身してこの鯉を捕らえた。つぎに河の神は鹿となって走って逃げたが、天王郎は豺(やまいぬ)になってこれを追い、最後に河の神が雉(きじ)になって空に舞い上がると、天王郎は鷹となってこれを攻撃したので、河の神もついに天王郎がほんとうの天帝の子であると知り、娘と正式に結婚させた。そして祝宴を催し、天王郎に七日たたねば酔いが醒めぬ酒を勧め、彼を大酔させておいて、酔いつぶれた天王郎を柳花とともに小さな革の輿に入れ、竜車に乗せて昇天させようとした。
しかし竜車がまだ水の外に出ぬうちに、天王郎は酔いから醒めた。そして柳花が頭に挿していた黄金のかんざしを取って、輿に穴をあけ、そこから一人で天に昇っていってしまった。
引用元:『日本神話の源流』吉田敦彦著(文庫版P186-188)
関連形式:山上降臨型▲、変身闘争譚(誓約説話の形式▲)
■朱蒙伝説(2) - 朱蒙の誕生
河の神は、柳花が自分の教えに従わず、家名を辱しめたといって激怒した。そして左右の者に命じて、彼女の唇をしばって三尺もの長さに引きのばさせ、奴婢(ぬひ)二人だけをつけて、太伯山(たいはくざん)の南にある優渤水(ゆうぼつすい)という沢に追いやってしまった。
あるとき、この沢で魚を捕って暮らしをたてていた扶雛(ふすう)という名の漁師が、東扶余の国王の金蛙(きんあ)に、「ちかごろ梁(やな)の中の魚を盗む者があるのですが、なんの獣かわからず困惑しております」といって訴えにきた。金蛙はそこで漁師たちに命じ網を引かせて、この魚泥棒を捕らえさせようとしたが、網を破られたので、つぎには鉄の網を使ってようやくこれを捕らえ、引き上げてみると、網の中から石の上に座った女が現われた。この女は唇が長くて、ものをいうことができなかったが、金蛙が部下に命じて唇を三たびにわたって切らせると、ようやく口がきけるようになり、自分は天帝の子の妃であると名のった。
金蛙は彼女を別宮に連れていかせ、部屋の中に幽閉しておいた。ところが彼女は窓から差しこむ日の光によって懐妊して、やがて左脇から五升もの大きさの卵を生み落とした。金蛙は、人間の女が鳥の卵を生むのは不祥であると考え、この卵を馬場に捨てさせたが、たくさんの馬のどれもこれを踏みつぶさなかった。また山奥に捨ててみたところが、百獣がこぞってこれを護り、そればかりか、空が曇っているときにも、この卵の上にだけは常に日光があった。しかたなく卵を母に送り返して養わせたところ、やがてこれが開いて生まれたのが朱蒙(しゅもう)であり、彼は生まれながらにして体格がすぐれ、泣き声もなみはずれて大きかった。そして一月もたたぬうちに、一人前に話ができるようになり、母に向かって、「蝿が目にたかってうるさくて眠ることができませんので、どうかわたしに弓矢を作って下さい」といった。母がいばらの木で弓矢を作って与えると、朱蒙は紡車の上にとまっている蝿を射て、百発百中射殺した。
引用元:『日本神話の源流』吉田敦彦著(文庫版P188-190)
関連形式:卵生型▲、日光感精型▲
■朱蒙伝説(3) - 麦の種子
――朱蒙(しゅもう)が母の国たる扶余(ふよ)を去り南下して高句麗(こうくり)を建国せんとする首途に当たり、その母は、
乃(すなは)ち五穀の種を裹(つつ)み以て之を送る。朱蒙、自ら生別の心切に、その妻子を忘る。朱蒙大樹の下に息ふに、双鳩ありて来り集る。朱蒙曰く、「是れ神母の麦子を送らしめしものなるべし」。乃ち弓を引いて之を射る。一矢倶に挙ぐ。喉を開きて麦子を得たり。水を以て噴くに、鳩更蘇して飛び去る。
引用元:『神話の系譜』大林太良著(P123)
朱蒙が扶余の国を去り、高句麗の建国に出発しようとしたとき、母の柳花は彼に、五穀の種子を包んだ包みを与えた。しかし朱蒙は母と別れる悲しみに取りまぎれて、つい麦の種子だけを忘れて旅立ってしまった。
朱蒙が旅の途中で、ある大樹の下で休息していると、そこに二羽の鳩が飛んできたので、彼は「これは母の女神が、わたしに麦の種子を送らせたのに違いない」といって、弓で射ると、一本の矢で二羽とも射落とすことができた。鳩の喉を開いてみると、案のじょう麦の種子がみつかった。朱蒙がその後で鳩に水をふきかけてやると、二羽ともに蘇生し、元気にまた飛び去っていった。
引用元:『日本神話の源流』吉田敦彦著(文庫版P192-193)
朱蒙は、天帝の子天王郎と、河の神の娘柳花を父母として、北方にあった夫余の国で生まれたが、夫余では国王や王子たちに疎(うと)まれ、志を得られなかったので、三人の従者を連れて南に下り、沸流水という河のほとりに都を定めて、高句麗の始祖となった。ところでかれは、夫余を離れるにあたって、母の柳花に別れを告げたが、そのおり以後高句麗の祖母神として祭られることになるこの女神は、かれに母子の別れの形見として、五穀の種の入った包みを授けた。
引用元:『世界の始まりの物語』吉田敦彦著(P87)
関連形式:降下・付与型▲
類例(その他)
■『三国遺事』「駕洛国記」
首露(しゅろ)が天下って宮殿を建てた。すると玩夏(がんか)国の含達(かんだつ)王の夫人がちょうどそのころ妊娠していて卵を産み、その卵の中から人間が出てきた。そして、その人を脱解(だっかい)と呼んだ。この身長三尺、頭の丸さ一尺の脱解が海を渡って首露王のところにやってくると、王位を奪いにきたのだと不遜なことを言った。そこで、脱解と首露王は秘術を尽くして争った。脱解が姿を変えて鷹になると、首露王は鷲に変身した。脱解が雀になると、王は隼(はやぶさ)になった。脱解はとうてい首露王の敵ではなく、その国から逃げ去った。
引用元:『カレワラ神話と日本神話』小泉保著(P123)
関連形式:卵生型▲、変身闘争譚(誓約説話の形式▲)
■オセット人の『ナルト叙事詩』 - エクセルテッカテ家の起源
※釣針龍女型の類例を参照。
引用元:『日本神話の源流』吉田敦彦著(文庫版P168-172)
関連形式:釣針龍女型▲、始祖神話▲
日本神話との比較
■記紀神話との比較 - 天孫降臨〜神武誕生
高句麗の朱蒙伝説は、昭和初期の三品彰英によって記紀神話と類似することが指摘され、以降も様々な点で比較の対象となっている。基本的には、天帝の子である天王郎が山上に降臨すること、天王郎が水界の神の娘である柳花と結婚すること、その夫婦が別離すること、しかしその結果として始祖の朱蒙が生まれること等が類似点として挙げられ、これは天孫である日子番能邇邇藝命▼が山上に降臨することや、それ以降の展開にあてはまるものとされる。また、朱蒙による建国神話▲において亀の助けによって河を渡ることができたという要素を、神武天皇が大和國に向う途中で亀の背に乗った人物の助けによって海を渡ったとする記載と結びつける意見もある。吉田敦彦は、朱蒙伝説と記紀神話、さらにオセット人の『ナルト叙事詩』を比較し、そこに一つの共通する始祖神話▲の形態を見出そうとしているが、ただし、大林太良のように、朱蒙伝説の構造と記紀神話における誓約説話から天之石屋説話に至る展開との共通性を指摘する意見もある。
| − |
記紀神話(ニニギ) |
朱蒙伝説 |
| 素性 |
ニニギは天神の子である。 |
天王郎は天帝の子である。 |
| 降臨 |
ニニギは天神の命令により山上に降下。 |
天王郎は天帝の命令により山上に降下・往復。 |
| a.結婚 |
ニニギは山神の娘サクヤビメと結婚する。 |
天王郎は河神の娘柳花と結婚する。 |
| a.対立 |
ニニギは妻の父である山神の怒りを買う。 |
天王郎は妻の父である河神の怒りを買う。 |
| a.呪力 |
山神がニニギに呪言をかける。(寿命の要素)。 |
− |
| サクヤビメは子の素性を証明するために呪力を披露。 |
天王郎は素性を証明するために呪力を披露・対決。 |
| a.別離 |
− |
天王郎が天に帰り、柳花と別離。 |
| a.始祖 |
サクヤビメは炎の中で山幸彦ら三兄弟を出産。 |
柳花は一人で始祖の朱蒙を出産。 |
|
記紀神話(山幸彦) |
朱蒙伝説 |
| b.結婚 |
山幸彦は海神の娘トヨタマビメと結婚する。 |
天王郎は河神の娘柳花と結婚する。 |
| b.対立 |
山幸彦は兄の海幸彦と対立。 |
天王郎は妻の父である河神と対立。 |
| b.呪力 |
山幸彦は呪具を用いて兄を敗北させる。 |
天王郎は呪力を用いて妻の父を敗北させる。 |
| b.別離 |
山幸彦は禁忌を破り、サクヤビメと別離。 |
天王郎が天に帰り、柳花と別離。 |
| b.始祖 |
サクヤビメは一人で子を出産。孫が始祖になる。 |
柳花は一人で始祖の朱蒙を出産。 |
| 出産 |
サクヤビメは鰐の姿となって出産。(異類婚のため)。 |
柳花は卵を生む。(おそらく異類婚のため)。 |
| 補足 |
山幸彦の釣針を魚が呑む。(口に怪我をする)。 |
柳花は父から罰を受ける。(唇に怪我をする)。 |
以上のように、朱蒙伝説では天王郎と柳花の結婚は一世代のものとなっているが、記紀神話では日子番能邇邇藝命▼から子の山幸彦▼を経由して、さらにその子というように、三世代にわたるものとなっており、どれを共通要素と見るかという点で意見が分かれそうである。要するに、山上降臨型▲から続く展開において、水界の王の娘との結婚(異類婚▲)があり、それによって始祖が誕生するという筋書きは、たしかに共通するものであり、それはまたほかの朝鮮半島の始祖神話▲にも見られるものであるが、その細部には異なる点も多いということに留意する必要がありそうである。
なお、柳花が罰として唇に怪我をしたという部分や、扶雛という漁師及び金蛙という国王が柳花を捕らえたという部分は、始祖神話▲の展開としては不必要な要素であり、これは指摘されていないものの、失われた釣針型▲(あるいはメルシナ型▲を含めた釣針龍女型▲)の痕跡と見なすことができるものである。つまり、元々は水界の王の娘である柳花が釣針を呑み込み、その釣針を求めるために男が海底の国を訪れ、怪我を治療するとともにその娘と結婚し、その間に生まれた子が始祖となったという展開であった可能性が考えられるのである。吉田敦彦は、朱蒙伝説もオセット人の『ナルト叙事詩』も失われた釣針型▲とは無関係である(あるいはそこまで重視していない)という前提で論を進めているが、『ナルト叙事詩』の場合は明らかに失われた釣針型▲の展開にあてはまるし、朱蒙伝説の場合もその痕跡が見られるものである。
■記紀神話との比較 - 誓約〜天之石屋
| − |
記紀神話 |
朱蒙伝説 |
| 1.訪問 |
スサノヲがアマテラスを高天原に訪問 |
天王郎が河伯を青河に訪問 |
| 2.素性 |
スサノヲは海原/根国、アマテラスは高天原 |
天王郎は天、河伯は水界 |
| 3.対立 |
スサノヲは潔白を証明するために争う |
天王郎は天帝の子たることを証明するために争う |
| (上界と下界の対決) |
(上界と下界の対決) |
| 4.勝負 |
それぞれの物実から子を化生させる |
それぞれ連鎖的交互変身をする |
| (物実の変身) |
(肉体の変身) |
| 5.結果 |
アマテラスはスサノヲの生んだオシホミミを養取 |
天王郎は河伯の娘柳花をめとり、子朱蒙を得る |
| (上界と下界の結合) |
(上界と下界の結合) |
| 6.隔離 |
アマテラスはスサノヲの乱暴のため天岩屋に避難 |
天王郎は河伯により革輿の中に閉じ込められる |
| 7.脱出 |
アマテラスが天岩屋より出る |
天王郎が革輿より脱出 |
| 8.結末 |
スサノヲは根国に放逐される |
天王郎はひとり天に帰る |
| (上界と下界の分離) |
(上界と下界の分離) |
参考元:『神話の系譜』大林太良著(P112-113)
関連形式:誓約説話の形式▲
大林太良は、天王郎と柳花の関係ではなく、天王郎と河伯(柳花の父神)の関係に着目し、それを記紀神話における誓約説話から天之石屋説話に至るまでの展開と比較している。
