釣針龍女型(融合型)
概要
■失われた釣針型とメルシナ型が融合した形式
失った狩猟具を求めて異世界を訪れるという失われた釣針型▲の展開中において、見るなのタブー▲の要素を含むメルシナ型▲が語られている形式で、始祖神話▲の意味を持つ場合もある。異郷訪問譚▲も異類婚▲もよくある神話的な素材であり、ともに異世界を語るという共通性から両者が結びつくことも少なくないが、失われた釣針型▲という特殊な形式において、メルシナ型▲という特殊な形式が附随し、しかも(その痕跡を含め)一定の形式として分布していることを踏まえると、各地で両者がそれぞれ融合することによって表面的な類似が生じたのではなく、最初から両者が融合した形式が存在・分布していた可能性が考えられる。当サイトではこの融合形式を釣針龍女型と呼称する。
分布
記紀神話の説話を前提として設定した形式であり、全要素が明確に共通するような例はないが、失われた釣針型▲やメルシナ型▲の類例の中には、その融合した形式を想起させる例や、痕跡と思われる例が見出される。大林太良は中国の民間伝承である白娘子・化け鯰▲との比較を行なっている。
類例
■オセット人の『ナルト叙事詩』 - エクセルテッカテ家の起源
ナルトの果樹園に一本のりんごの木があり、その果実にはあらゆる傷と病を癒(いや)す不思議な力があった。しかしこの実は、一日に一個ずつしかならず、昼間のうちに熟して夕方には食べごろになるが、夜の間に必ず何者かによって盗まれてしまうのであった。ナルトたちは、果樹園の周囲に高い柵をめぐらし、毎夜交代で不寝(ねず)の番にあたったが、盗難を防ぐことはおろか、盗人の姿を目撃することもできなかった。
ある晩のこと、ウェルヘグの双児の息子の、エクサルとエクセルテグが、順番がきて見張りの役をつとめることになった。この兄弟は、ともに無双の剛勇の持主であり、ことに弓を取っては、空を飛ぶ鳥を的としても射損じることのないほどの名手であった。しかしながら、弓の腕前にかけても、また武勇全般に関しても、弟のエクセルテグは、兄よりもさらに一段とたち勝っていた。
果樹園に着くと、エクセルテグは兄を眠らせ、一人で終夜番にあたった。夜明け間近に、突然三羽の美しい鳩がどこからともなく園の内に侵入してきて、不思議な光を放ちながらりんごの木の枝にとまり、実をついばもうとした。エクセルテグがすかさず狙いを定めて矢を放つと、矢は一羽の鳩に命中したが、傷を負った鳩は他の二羽とともに飛び立ち、地面に血をしたたらせながら逃げ去ってしまった。
エクセルテグはそこではじめて、このときまで何も知らずに熟睡していた兄を起こして、今起こったことの一部始終を話して聞かせた。彼はまた、地面に落ちた鳩の血を拾い集めて大切に包み、帯のあいだに挟んだ。夜が明けると、兄弟は血の跡をたどり、盗人の行方を尋ねていったところが、海岸に行き着き、跡はそこで途絶えていた。エクセルテグは兄を岸に残して、一人で海の底に降りてみることにした。そしてエクサルに、自分が入水(じゅすい)した後で、もし海の面が赤い泡で覆われることがあれば、自分の生命はもはやないものと思ってほしい。しかし、もし白い泡が海面に浮かべば、自分は必ず生きてまた戻ってくるから、そのときは、一年のあいだこの場所で自分の帰りを待っていてほしいといい置き、水中に潜っていった。
エクセルテグが海底に下り立ってみると、そこには、壁は煌々(こうごう)しい螺鈿(らでん)、床は青硝子(ガラス)ででき、天井には明けの明星が輝く、光まばゆい館があった。それは海の支配者ドンベッテュルと、その一族のドンベッテュルテたちの住居であった。エクセルテグがその館の中に入ってみると、広間があり、そこにドンベッテュルの七人の息子たちが座り、その上座に彼らの姉妹の、二人の輝くばかりに美しい娘たちが座っていた。挨拶をすませたエクセルテグが、一座の人びとが困惑した様子をしているのをいぶかり、その理由を尋ねると、ドンベッテュルの息子たちは口を揃えて、彼らの姉妹たちが夜ごと連れ立ってナルトの果樹園を荒らしに行っていたこと、そして昨夜ついにその一人のゼラセが、ナルトのエクサルとエクセルテグの射た矢にあたり、傷を受けて帰ってきたことを説明した。そしてエクセルとエクエセルテグを呪って、「あの二人が互いに剣で殺し合えばよいものを」と叫んだ。
エクセルテグが、ゼラセの傷を治す手立てはないのか、また首尾よく彼女を癒したものには、どんな報酬が与えられるのかと尋ねると、ゼラセの兄弟たちは、彼女の傷から流れ出た血を集めてきて、吹きかけてやる以外に治療法はないが、傷を癒してくれるものにはゼラセを妻として与えようと答えた。そこでエクセルテグは、自分がゼラセに傷を負わせた当人であると打ち明け、彼女の血を携えてきているので、傷を治療しようと申し出た。
エクセルテグが病室に案内されてみると、ゼラセは姉妹たちよりもさらにいっそう立ち勝った、類まれな美少女であった。エクセルテグは欣喜(きんき)して、さっそく隠し持った血を取り出し、彼女の目ばゆい玉の肌に吹きかけてやると、傷はたちまち跡形もなく癒え、ゼラセは寝台からはね起きた。
エクセルテグはゼラセと結婚し、しばらくは、海底で夢のように幸せな日々を過ごした。しかしある日のこと、彼は突然、海岸に残してきた兄のことを思い出し、ゼラセに向かって、自分はすぐ陸に上がって兄を探し、いっしょに父のいる家に帰らねばならないといった。するとゼラセは、自分も夫に同行すると答え、頭から黄金の髪の毛を一筋引き抜くと、それを用いて自分と夫を二匹の大魚に変身させ、二人は連れ立って海面に浮かんでいった。
エクセルテグとゼラセが岸に上がってみると、そこには一軒の見慣れぬ小屋があった。それはエクサルが弟の帰りを待つために建てたものであった。エクサルは森に食糧にするための獲物を狩りに行っていて、留守であったが、ゼラセはこの小屋が気に入って中に入って座り、しばらくはその場を動きたくないといったので、エクセルテグは彼女を残して、兄を探しに森の中に入って行った。
エクセルテグが出て行ったのと入れ違いに、エクセルが狩から帰ってきた。エクセルテグと二滴の水滴のように生き写しのエクサルが小屋に入ってくるのをみて、ゼラセは、てっきり夫が帰ってきたものと思いこんで近寄った。しかしエクサルは、この見知らぬ美女が自分に対して示すなれなれしい態度をみて、すぐに彼女が、弟が海底から連れ帰った妻であると察し、何も言わずに彼女から遠ざかった。ゼラセはこれをみて、夫が、水界より同伴してきた異族の自分を迷惑に思って知らぬ振りをしているものと思い、憤慨した。夜になると、エクサルは自分の外套を脱いで床に敷くと、その上にゼラセを寝かせ、上からエクセルテグが残して行った外套をかけてやったので、この優しいふるまいによってゼラセの心もいくぶんかなごみかけた。ところがその後でエクセルは、眠っているあいだに自分の身体が義妹に触れることのないように、二人のあいだに抜身の剣を置いたので、ゼラセはまた立腹し、起き上がって部屋の片隅に行くと、ふんまんやるかたない様子でそこに踞(うずくま)った。
そのとき、エクセルテグが小屋に入ってきた。彼は、小屋の中に兄がおり、しかもゼラセが美貌を悲しみに曇らせ、しどけない様子で片隅にうずくまっているのをみて、妻が兄から凌辱を受けたと早合点し、やにわに腰の短剣を引き抜いてエクサルを刺し殺した。しかしその後で、ゼラセから事情を説明されたエクセルテグは、自分が早まって、妻に対して一点非のうちどころのないふるまいをした兄を、殺害してしまったことを知った。彼は絶望のあまり、剣の柄を兄の死体の胸にあてると、その上に倒れ伏し心臓を刺し貫いて、兄と折り重なったまま絶命した。こうしてエクサルとエクセルテグが、互いに刺し違えて死ぬようにというドンベッテュルの息子たちの呪詛(じゅそ)は、そのとおりに実現したのである。
ゼラセはこの後、ワステュルジという乱暴者の精霊をペテンにかけ、その助けを借りて兄弟の死骸を埋葬したうえで、いったんは海底の父母のもとに帰る。しかしながら彼女はこのときすでに、エクセルテグの胤(たね)によって懐妊していた。産期が近づくと、彼女は、生まれてくる子がナルトたちから一族の者として認知されるために、陸に上がってナルトの村に行き、自分が死んだエクセルテグの未亡人であることを告げると、亡夫の家の家畜小屋に入り、そこで双児の兄弟のウリュズメグとヘミュツを分娩した。このウリュズメグは、叙事詩の中で目立つ活躍をする勇士たちの大半が所属する戦士の家エクセルテッカテ(「エクセルテグの子孫たち」を意味する)家の家父長となり、同時に、ナルト一族全体の統領としての役割を果すことになる人物である。
引用元:『日本神話の源流』吉田敦彦著(文庫版P168-172)
関連形式:始祖神話▲、朱蒙伝説▲(比較)
■中国の白娘子伝説 - 『西湖民間故事』所収
引用元:『神話の系譜』大林太良著(P90-93)/抗州市 1983/Walls 1980
関連形式:白娘子・化け鯰伝説(中国)▲
■中国の化け鯰伝説 - 林蘭編『一本脚の子供』所収
引用元:『神話の系譜』大林太良著(P95-97)/沢田瑞穂 1975
関連形式:白娘子・化け鯰伝説(中国)▲
中国の伝説に見える痕跡は該当貢を参照のこと。
日本神話との比較
■記紀神話 - 海幸彦山幸彦
【参照】【記・上巻07-1】以降/【紀・神代02c-10】以降。
記紀神話に見られる失われた釣針型▲の説話は、ミクロネシアやインドシナの類例と酷似しており、その中には異類婚▲が語られている例もある。ところが、オセット人の『ナルト叙事詩』の場合、借りた釣針を失ったという話ではないものの、血の跡をたどって海底の国を訪れるという点で、これは鏃の刺さった動物を追いかけるという陸上型の失われた釣針型▲の変形であることが明らかであり、記紀神話とは狩猟具が異なっているにすぎない。異類婚▲に関しても、『ナルト叙事詩』では見るなのタブー▲は見られないものの、魚への変身、夫婦の別離、家畜小屋での出産等、共通する要素が散見される。呪詛によって兄弟がともに死んだとする点は異なるが、これは失われた釣針型▲の復讐の要素を想起させるものでもあり、兄が弟の妻に触れないようにしたのも、小屋における自発的な禁忌と見なせるものである。
■記紀神話とナルト叙事詩の比較
| − |
記紀神話 |
ナルト叙事詩 |
| 兄弟 |
主人公は兄弟の弟である。 |
主人公は双子の弟である。 |
| 特技 |
弟は弓矢の名手である。 |
弟は弓矢の名手である。 |
| 事件 |
弟は兄の釣針を海の魚に呑まれる。 |
弟はりんごを盗もうとした鳥を弓矢で射る。 |
| 訪問 |
弟は釣針を求めて海底の国を訪れる。 |
弟は鳥を追いかけて海底の国を訪れる。 |
| 結婚 |
弟は海の支配者の娘と結婚して滞在する。 |
弟は海の支配者の娘と結婚して滞在する。 |
| 呪詛 |
弟は海の支配者から呪詛を教えられる。 |
結婚する前に、兄弟は呪詛をかけられる。 |
| 帰還 |
弟は大魚に乗って帰還する。 |
弟は妻とともに大魚に変身して帰還する。 |
| 禁忌 |
− |
(兄は浜辺の小屋で自ら禁忌を課すも、弟は誤解)。 |
| 対立 |
弟は呪詛により兄に復讐し、服従させる。 |
兄弟はかつての呪詛により、ともに死亡する。 |
| 出産 |
妻は出産のために陸に上がり、浜辺の小屋に籠る。 |
妻は出産のために陸に上がり、家畜小屋に籠る。 |
| 禁忌 |
弟は妻の出産を覗き見る。 |
− |
| 別離 |
禁忌の違反により妻は帰還し、夫婦が別離。 |
(夫が死んだことにより、夫婦が別離)。 |
| 子孫 |
生まれた子の子が王家の始祖となる。 |
生まれた子が一族全体の統領となる。 |
以上のようにまとめると、両者にはいくつかの差異があるものの、その展開自体には共通性があることがわかる。中国の白娘子・化け鯰▲では始祖神話▲としての要素が消失しているが、『ナルト叙事詩』では始祖神話▲として語られている一方で、禁忌の要素が変質したり、主人公である弟自体が死んだりしている。吉田敦彦は、イラン系遊牧民の神話がアルタイ系遊牧民を経由して日本に流入し、そこで釣針捜索型や山と海の対立▲等の南方系のモチーフを加えて形成されたと推測しているが、釣針を求めるものではないにしろ、『ナルト叙事詩』にもすでに失われた釣針型▲のモチーフが見られることから、大林太良の仮説のように、最初から様々な要素を内包した神話展開が分布していたと見るべきであろう。(氏は中国の江浙地方に海幸彦・山幸彦の原形となった古神話が分布していたと推測している)。
